「管弦楽のための協奏曲」ってどんな曲?

 1943年にバルトーク・ベラ(Bartok Bela)によって作られた管弦楽曲です。 この曲はセルゲイ・クーセヴィツキー(Serge Koussevizky)から生誕70年とボストン響(Boston Symphony Orchestra)の指揮20年を記念する物として委嘱されたものです。
 荘厳さとお茶目さ、軽快さ、雄壮さがちょうど良いバランスで配置されている この曲は四十分近い大曲でありながら最初から最後まで楽しめます。
 実質的にバルトークの人生の集大成と言っても過言でないかも知れません。

 バルトークは一般的に言って民族的で厳格な曲を書く人です。 結構「慣れると面白さが解ってくる」ような曲が多いんです。 この曲もその全くの例外という訳ではありませんが、 比較的「わかりやすい」曲で、初めて聴いた時からかなり楽しめます。
 私もこの曲を聴く前は「変な曲ばっか書く人だなぁ」と思っていました。 しかし随分前の大晦日の晩にたまたまラジオでやっているのを聴いて、 いきなり意見がコロリと換わってしまったことを憶えています。 私はこの曲に出会わなかったら「弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽」 「ピアノ協奏曲第三番」 という名曲中の名曲に出会わなかったかもしれません。 そのことを考えるとバルトークの素晴らしさを教えてくれたこの曲に感謝せずにはいられません。

 所でこの曲は一体何の「協奏曲」なのでしょうか。 普通「●●のための協奏曲」と言えば特定の楽器(●●) のソロとオーケストラの掛け合いを聴かせるものです。 しかしその理屈でこの曲を考えると「オーケストラとオーケストラの掛け合い」 ということになってしまいます。これでは意味不明ですね。
 実はこの曲は色々な楽器がソロ(ソリ?) で個別に動くことを繰り返して出来ている一面を持っているのです。 幾多のソロの掛け合いという訳です。 「協奏曲」という名はここから来ているのです。

曲の構成

Concerto for Orchestra(Sz116)

 各楽章毎に簡単な感想と言うか解説と言うかを書いておきます。
 第一楽章は重々しく始まります。 それがトランペットの旋律(というのか、あれは?)さまざまに変化していきます。 全体的に言うと「質素な中にも華がある」という雰囲気ですが、 9分超の時間をぐいぐい引っ張って行くエネルギーを内包しています。
 最初から6分くらいの所にあるクラリネット・ソロが個人的に大好きです。

 第二楽章は何ともお茶目な曲です。 「対の遊び」とは良く言ったもので、 同種の二本の楽器が決まった音程の関係を保ちながらメロディーを吹いていきます。 この「決まった音程の関係」というのは要するに片方が「ドレミ」と吹けば もう一方が「ミファソ」と吹くような関係です。 さらに言えば、メロディーとこの「音程の関係」が楽器の種類毎に決まっているため、 各メロディー毎に雰囲気がまるで違ってくるのです。
 しかも所々この「対」の法則を意図的に崩したりもします。 この微妙なやりとりの効果が実に面白いんです。 この曲が「協奏曲」なんだなぁと実感させてくれます。
 ちょうど折り返し地点にある金管アンサンブルの美しさがとても良いです。

 第三楽章は作者曰く「死の歌」だそうで、 何やら妖しげな雰囲気が終始漂っています。 美しくも寂しげな、激しくも切ない魂の叫びとでも言えば良いんでしょうか。

 第四楽章は美しくも滑稽な曲です。 メインとなるメロディーの合間合間に別のメロディーが(皮肉を交えて) 挿入されるのです。その二つのメロディーの雰囲気の違いが何とも滑稽で良いです。
 変拍子(小節毎に拍子が違う)や混合拍子(小節の内部で一拍の長さが違う) が多用されているにも関わらず、こんなにもさりげなく聴かせる事が出来るのは 流石です。

 第五楽章は実に雄壮で爽快(豪快?)な曲です。 メロディーが幾重にも重なり合いながら掛け合い、繰り返されて行く様は 美しいとしか言いようがありません。
 この曲のコーダは四十分近い大曲を締めくくるに相応しい派手なものになっています。 が、実はこのコーダ、途中(602小節目)から先が後で「改良」されているんです。 元曲を採用している演奏はほとんど無いんですが、 たまに別トラックに収録しているCDがあるので聴き比べて見ると随分印象が違っていて面白いです。


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